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創業者・市村清

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私の履歴書

日経新聞が、政・財・文化・スポーツなど各分野で功成り名を遂げた人物による連載として1956(昭和31)年3月1日から掲載を始めた「私の履歴書」。
市村清も122番目の執筆者として1962(昭和37)年2月21日から3月20日までの28日間にわたり登場しました。
ここではその全内容をご紹介いたします。2018年2月編の「今月の市村清」も併せてご覧ください。

第1回

祖父と牛

くやしかった思い出
執達吏に引かれていった牛

第2回

父と母

士族出身、きびしい父
貧乏ながらやさしい母

第3回

生意気な生徒

いつも先生を肩透かし
いたずら過ぎ、墓地に監禁

第4回

佐賀中を中退

荷車ひいて野菜売り
親類の世話になるよりまし

第5回

銀行に就職

走り使い、つらい毎日
二年後に上京し本店勤務

第6回

一つの生活信条

他人の世話にならぬ
共産主義にひかれて苦しむ

第7回

闘病

マラソンで抵抗療法
大学を中退して中国へ出発

第8回

北京・上海

ひたすらに本を読む
近所の医者の娘と結婚

第9回

留置場生活

銀行閉鎖で巻き添え
暑さのむし返しには参る

第10回

監房での教訓

無から将棋をつくる
拷問で知った不屈の精神

第11回

保険外交員に

妻を里に、単身熊本へ
つらくて、夜逃げも考慮

第12回

紙一重の差

ねばりにねばり成功
全国一の契約を集める

第13回

感光紙の外交

理研に乗り込み交渉
やっと九州の総代理店に

第14回

成績上がる

一人三役、商売に熱中
従業員優遇策も当たる

第15回

再び大陸へ渡る

満鉄へ必死に売り込む
競争相手の「不正」をついて

第16回

売り込み成功

はじめて二等寝台で帰国
本社から破格の待遇で迎え

第17回

本社の部長に

社員から「総スカン」
毎日、東京の町をぶらぶら

第18回

苦痛まぎらす酒

三ヵ月、毎日サロンへ
だが温情示した大河内先生

第19回

『理研感光紙』発足

居眠りが商談まとめる
王子製紙から原紙買い入れ

第20回

運が向く

紙の統制で逆に伸びる
社内に「つけあがる市村」の声

第21回

辞表

大河内独裁主義に反対
畑製作所の工場工事で衝突

第22回

辞意ひるがえす

また三会社の社長に
理解してくれた大河内先生

第23回

終戦・方向転換

工業を見切り商業へ
銀座四丁目に敷地を選ぶ

第24回

適正価格

人気を呼び行列つづく
都に呼ばれ○公*厳守の方針に
※原文そのまま(文中「○公」は、正確には「公」の字の周囲に○。「公定価格」の意味)

第25回

『三愛』の経営

塩ざけうって大失敗
社員の大量整理を断行

第26回

BGむきに転換

おしゃれ専門で成功
明治神宮の窮状で相談受ける

第27回

明治記念館

突貫工事で完成する
その月からりっぱに黒字

第28回

従業員は協力者

「市村産業団」が念願
三愛主義で貫くつもり