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創業者・市村清

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市村清エピソード

市村清自らの手になる著作は『儲ける経営法 儲かる経営法』(昭和33年出版)にはじまり『明日への着眼』まで6巻出版されています。その著作は、彼の処世訓でもあり経営理念を集大成したものです。この中からいつくかをのぞいてみましょう。

「勤めを愛す」ということ

市村清の三愛主義の一つに、『勤めを愛す』があります。
勤めを愛すとは、どういうことなのか、あるいは、どうすればよいのか?市村は、仕事に対する心構えとして2つのことを示唆しており、これを実行することが勤めを愛することになると述べています。

●気がつくと夢中

学校を卒業すれば、ほとんどの人は何かの形で勤めに出る。ことに男は一生勤めなければならない運命を背負っている。独身時代は責任も軽く若さもあるから、割合に束縛を意識しないが、やがて結婚して家庭を持ち、妻子を養わなければならなくなる。年老いた両親や弟妹の養育のためにも、責任はますます大きくなる。そうなると、勤めは給料をとる手段で、無限に続く束縛の道のごとく見えてこないものとは限らない。「しがないサラリーマン生活」だとか、「すまじきものは宮仕え」などという嗟嘆の声はよく耳にするところだ。

勤めはいやな責任だけのものとなり、気分転換と称してバーや遊戯場などに享楽の空気を吸いたがる。こういった誤った勤労観が、従来の日本人の考え方にはかなりあった。

これはなぜか。…私にいわせれば、仕事を愛するという心構えが最初からなかったからだと思う。これでは人間の生き方として、どこに人生の意義があるのであろう。勤労というものには、きっと喜びが見出せるものであり、従って、愛情を持つことさえできるのに。

…(中略)

碁、将棋、マージャン、スキー、スケート等々、何でもやり方が分かってくると面白くなる。夢中になっていると、いよいよ技術も進歩する。腕が上がるとつい夜通しやってもあきなくなり、身銭を切っても悔いなくなる。それは面白かったり楽しかったりするからだ。

これは遊戯、スポーツのほうであるが、仕事でも考え方次第ではこの心境に達するのはそう難しいことではない。

出典:『そのものを狙うな』p68~69

●毎日が真剣勝負

例えば、アメリカの市民社会では、女中さんが勤めを辞めるときは、雇い主がその女中さんの評価を書いて、次の雇い主に渡すという風習があるという。

自分が雇っていたとき、彼女はどんな働きぶりだったか、どんなふうに気が利き、信用がおけたか、そういう女中さんの“勤務評定”が記されているのである。悪ければもちろんその通りに表れるから、次の雇い主のところへ行くときに雇われなかったり、給料が安かったりする。

つまり女中さんにしてみれば、毎日毎日が真剣勝負のようなもので、仕事は常に自分の社会的評価に連係しているのである。

出典:『そのものを狙うな』p72

“か”と“け”の違い

“か”と“け”の違いは、市村清の事業家としての信念といえるものです。

「儲ける」ことではなくて、自然に「儲かる」ような仕事に手をつけるべきだというものです。

このことは、戦後、今では結婚式場として有名な明治記念館を市村が創立したとき、市村の予想に反して利用者が多く、開業早々から黒字となり大成功となったことで悟ったようです。以後、市村の経営に適用したことは言うまでもありません。

●“か”(儲かる)と“け”(儲ける)の違い

…私が、結婚式場で有名な、明治記念館の創立者であることは、あまり知られていない。

敗戦後まもないころ、ある人の紹介で明治神宮の宮司から、
「…市村さん!これから、神宮関係の多くの人たちが、どうして食べていったらいいか、ホトホト困っているのです。なんとか、お力を貸していただけないでしょうか」
と、相談を持ちかけられた。…(中略)

「どうでしょうね。今日まで戦争のため結婚出来なかった多くの人々のためにも、神宮の方針としても、厳粛にして簡素な結婚式場を経営されては…」という意見を述べた。…(中略)

…敗戦により全国民が自信と希望を失っているとき、明治神宮と国民大衆を結びつける大いなる意義があると信じた。

それは明治時代こそ、日本民族の黄金時代であり、その中心が明治大帝であらせられたので、この時代を回顧することにより国民全体に奮起をうながしたかったのである。従ってこの経営は暴利はもちろん、すべての点で最大の注意を払わなければならないと自ら戒めたのである。と同時に、あのようにもったいぶったところで結婚式場をやっても、おそらく利用者は多くないだろうと、赤字覚悟ではじめたのだが、開店早々の黒字なのである。

このとき、私は、ハッと、悟るものがあった。というのは、私は、若いころ、一儲けしようと思って一生懸命やった仕事が、なかなか儲からない。

ところが、この場合、私は、結婚式場で儲けようなんてケチな考えからでなく、前記のような主義と精神で、たくさんの人たちの人生の首途を祝福してあげたい、という一片の至情から出発したのであるし、利益などは、夢にも考えていなかった。

しかるに開業早々、黒字になったというのは、今まで私が数多く手がけてきた事業のなかでも、明治記念館が、最初であった。

結局、(儲けようなんて気持ちが強くては、駄目だ。儲かるようにならなければ駄目だ。儲けようという気持ちでは、限度がある。いくら一生懸命にやっても、大したことは出来ない。しかし、道に則ってやれば、自然に儲かる。…そして、儲かる方は、無限である…)と、明治記念館経営で、悟ったのである。

その後、“三愛”の経営に、“か”と“け”の違いを、適用したことはいうまでもない。

出典:『儲ける経営法 儲かる経営法』p40~42
参考:『そのものを狙うな』p172~176

事業のカンどころ

大衆の不平不満を発見することが、事業のカンどころ。不平不満は“大衆の夢”であると、市村は言っています。

●発見

…また、石原(慎太郎)さんは、
「…要は、古いものでも新しいものでも、なんというのかな、大衆に買う気があってなんでも買える時代でも、必ず精神的にはある不満をもっているわけですよ。それを当てることですね…。」
と、いうのである。私もまた同感であって、人間というものは、絶対に現状に満足しているものではない。どんな場合でも、たとえどういうように恵まれた境遇であっても、やはりそれなりに、必ず満足よりか、不平の方を先に発見するものだ。

物に対しても、特長より欠点を、友人との交際でも、大体欠点を先に気がつくものだ。たとえ、いいところは、何かのチャンスで気がつくことがあっても…。それが人間かもしれない。このように、いつの時代でも、石原さんのいうように、どんな層にも必ず不平不満はある。換言すれば、何を求めているかということ、飛躍させると、どういう夢を持っているかということだ。

不平というものは、やがてその先に求めている夢なのである。事業をする場合にも、それを発見するのが、一番のカンどころだと思う。

出典:『儲ける経営法 儲かる経営法』p45~46

●ねばり

たとえば、“味の素”もいい例である。

従来は、カツオぶしを削ったり、コンブをぐたぐた煮て味付けをやっていたわけであるが、これはめんどうくさい。そこで、一さじ入れればパッと味がよくなる…当時は、ちょっと夢みたいな話であるが、しかし一定方向、それをずっと考えてみると、必ずこれならいける、というものがある。…が、これを発見して、それを実行に移すということはなかなか困難が伴う。そのため、創業の鈴木三郎助さんは、大変な排撃を受けたものだ。

最初、理研の池田菊苗という人が、味の素を発明した。そして、鈴木さんに、製造権、販売権を渡して、鈴木さんが味の素を作った。そこで、東京会館で、その試食会をすることになった。初め、おみおつけを出して
「召し上がってください」
という。それから
「そこに味の素を一さじ入れて召し上がってください。味が、急においしくなります!」
という。で、最後に、
「どうぞ、ご感想を?」
というと、ある人が立ち上がって、
「今までまずかったのに、こんな少量入れて、味がすぐ変わるなんていうのは、毒薬に近いものだ。必ず、体に害になるに違いない!」
「いいえ害はありません」
「そんなはずはない!」
すると、一種の群衆心理で、みんなそういう気持ちになってしまって、
「…そうだ! こんな、一さじの味の素で味が変わるなんておかしい!」
といい出す始末。このようなことで、鈴木さんの苦労も一通りではなかった。なんでも、三、四回自殺するという気持ちに追い込まれたこともあった。しかし、鈴木さんは、最後まで信念を持って、粘り抜いた。どのような事業でも、同様の苦しい過程を経て、初めて完成されるのだ。

だから、ここでハッキリといえることは、ヒントや、思いつきだけでは事業は成功しない。
やはり、どんな困難にぶつかっても、それに、負けずに、最後まで粘り抜くことが大切なのだ。

出典:『儲ける経営法 儲かる経営法』p49~51