RICOH SAN-AI GROUP SAN-AI-KAI

創業者・市村清

トップ >創業者・市村清 >今月の市村清

今月の市村清

“今月の市村清”―2018年6月編―

父の教訓
市村清の父・豊吉は、1947年6月24日、晩年を過ごした東京・大森馬込の清の邸宅で生涯を閉じた。享年80歳

画像1:1918年頃、佐賀県北茂安村の生家前にて。右端が父の豊吉、その隣は母のツ子、真ん中が清

1918年頃、佐賀県北茂安村の生家前にて。右端が父の豊吉、その隣は母のツ子、真ん中が清

市村清の父・豊吉は1867(慶応3)年、佐賀藩士だった市川虎之丞(とらのじょう)の子として生まれましたが、7歳のときに農業を営む市村新太郎の養子になりました。

身長176cm、体重94kgと立派な体格で、読み書きの素養があり弁も立つ人物でしたが、生活態度はひどくものぐさ、わがままで、近所では“変わり者”で通っていました。

そんな父でしたが、清は「凡庸でない気骨と着眼点を持っていた。自分は資質だけでなく処世の心構えについても多くのものを受け継いだ」と述べています。

子どもの頃。父から教えられたことも数々ありました。例えば………

――ウナギ捕りは豊吉の自慢の一つ。清が物心つくころになると、豊吉は清を連れて近くの掘割りにウナギを捕りに出掛けました。

「おれのさおにはちっともあがらんばい」と清。

「そんなやり方じゃあダメだ。浮き上がってくる泡をよく見るんだ。泡ちゅうもんはな、ウナギの居場所を教えてくれているものなんじゃ。よく見ていろよ」と父。

豊吉が長いさおで堀の底を掻き回すと、沼の底からきれいな行列を作った泡がポッポッと立ち上がる。それはウナギが慌てて潜る際に残した“足跡”で、それをよく観察すれば、ウナギがどの方向へ潜ったか、さらには何尾いるか、大きい獲物かどうかまで分かるというのです。

他人の何倍もの成果を上げるウナギ捕りの名人・豊吉には、理にかなったコツがあったのです。

画像2:スズメ捕り

――ある日のこと、清が近所の野原でスズメ捕りに夢中になっていると、

「清、ばかだな。スズメを捕ろうとするのにスズメを狙うやつがあるか」

……スズメを狙わないで、何を狙うんだ。

「よく考えてみろ。スズメはどっちの方へ飛ぶんだ。スズメが一番大きくなるのは、飛び立つときだろ」

豊吉の言っていることが分からないまま、清はヤケクソで止まっているスズメの少し先にトリモチのついたさおを突き出してみた。すると、パッと飛び立ったスズメがぴたっとくっついた。

「あっ、くっついた!」

その瞬間、清は父の忠告の真意をすべて理解しました。

スズメを捕るには、目に見えているスズメそのものを狙ってもダメで、スズメの習性や周囲の状況をよく考えたうえで、最もタイミングの合った急所を狙うことが大事なのです。

これらの経験は、目的とぴたり一致する方法がいかに人間の欲望と離れたところにあるかということ、目的を果たすには何が一番大切かを考えなければならないことなどを教えてくれました。

父が残してくれた尊い教えは、後の清の人生や事業経営に大きなプラスとなりました。