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今月の市村清

“今月の市村清”―2018年12月編―

意外と知られていない?!
社員たちの寄付により建立された、市村清の銅像

画像1:現在の様子(リコー本社前)

現在の様子(リコー本社前)

1969年12月16日、リコー大森本社玄関前――。

この日、市村と生前親交のあった政界、財界、学界、芸能界の名士、近親者、リコー三愛グループ各社代表約100名が出席し、市村の銅像除幕式が行われました。

――ちょうどこの一年前、リコー三愛グループの総帥だった市村が逝去し、社員一同、落胆の日々を過ごしていました。それまで社員を守り会社に尽くしてきたグループの大黒柱を突然失ってしまったわけですから、皆の悲しみも相当だったことでしょう。

そんな中、在りし日の市村を思い出し、その姿を見て士気を鼓舞するために“自分たちの手で市村の銅像を作ろう”という声がどこからともなく沸き起こり、瞬く間にグループ全社の社員間に伝わりました。そこで、さっそく市村の銅像建立への寄付を呼びかけたところ、募金者はおおよそ14,600名にも及びました。当時のリコー三愛グループが24社・社員数15,000名程だったことを考えると、いかに多くの社員が関心を寄せ賛同したかが分かります。

画像2:石坂泰三氏による揮毫

石坂泰三氏による揮毫

銅像の製作は、佐賀県出身で市村とも親交があり、日本芸術院会員でもある古賀忠雄氏が手掛けました。社員がいつも見慣れた市村の姿ということで、愛用の椅子に掛けた座像に決まり、本体はブロンズ製。台座は朝鮮の万成石(まんなりせき)を用いています。

ちなみに、古賀氏による市村の銅像は、この他に市村清新技術財団、市村記念公園(生家跡)、市村記念体育館にも置かれています。

なお、台座正面の『市村清像』という表示は、市村が最も尊敬していた石坂泰三氏(第2代経団連会長)の揮毫によるものです。

画像3:幸恵夫人の除幕によって姿を現した市村清の銅像

幸恵夫人の除幕によって姿を現した市村清の銅像

1969年12月16日――。

幸恵夫人による除幕で布に包まれた状態から椅子に掛けた市村の姿が現れると、会場からは一斉に拍手が起こりました。

そして、市村亡き後を継いだ三愛会・舘林会長は、市村の銅像に向かい『余計なことはするなと叱られるかもしれないが、今度だけは許していただきたい。毎日、社長にお会いすることができるのですから…。これからはずっと見守っていただきたい』と挨拶を述べると、思わず涙ぐむ参列者も見られたそうです。

画像4:台座中心部に埋蔵された、市村清銅像	建設費寄付者名簿

台座中心部に埋蔵された、市村清銅像 建設費寄付者名簿

市村清の銅像建立に際し、市村に対する社員の想いは、募金者全員の氏名を記した名簿を銅像の台座中心部に埋蔵したことで永遠となり、この“想い”はきっと市村にも伝わったことでしょう。