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今月の市村清

“今月の市村清”―2019年2月編―

日本人の心を伝えたい
―イチムラ・パーク開園―

画像1:イチムラ・パーク(灯篭)

イチムラ・パーク(灯篭)

厳しい寒さが続き、春の訪れが待ち遠しいですね。3月になると桜の開花予報のニュースが聞こえてきます。桜は日本を象徴する花。市村も桜を好み、現在の市村清新技術財団(旧市村邸)の庭のソメイヨシノが満開の頃は、通りを挟んで近所の人たちがお花見を楽しんだほど見事だったそうです。市村は、米国・ニューヨークでのカメラショウの現地視察のために、1955年(昭和30年)から毎年2月に渡米し、現地代理店との交流や北米販売チャネルの開拓に奔走していました。ニューヨークからの帰り、初めて訪れたマイアミで宿泊したホテルから見える景色を眺めて「この一帯に桜並木を作って桜のぼんぼりをあしらって並べたら宵の口の見物など、その風情は心が躍ることだろう」とひらめくのでした。その着想をホテルで出会ったアメリカ人の紳士に話してみると、

「それはすばらしいアイデアです。できれば、日本人のあなたが寄付してくれませんか。」

「ええ、マイアミのみなさんがお望みでしたら、いつでも私は実行しますが、あなたは…」

そのアメリカ人紳士は、マイアミ市出身の州議員で、この会話がきっかけとなり市村の桜並木構想はマイアミ市の歓迎するものとなりました。マイアミ市長からは「ほんとうに寄付をしてくれるのなら、市としても喜んで受ける用意があるから考えて欲しい」と正式に市村に伝えられました。約束を果たすべく、「桜の寄贈目録」を持って市村が渡米したのは、翌年2月のカメラショウのときでした。寄贈式を終え大勢の記者団に囲まれた市村は桜の寄贈について問われ、「日本人の平和を愛する心は花を愛する心に象徴されると私は思います。日本人がそういう国民であることをアメリカの皆さんに理解してもらうために、日本の国花である桜の木を贈呈しようと考えたわけです。」と真摯に答えました。このニュースはたちまち全米に拡がり新聞に取り上げられました。ところが、この話にはオチがあって、常夏のマイアミの気候風土で桜の木は育つのか?という議論もあり、専門家がいろいろ調査をした結果、桜の木には特殊な病原菌があるということで米国政府が輸入禁止措置をしていることがわかり、桜の寄贈はとん挫するのでした。やむを得ず、市村は蘭の一種「オーキッド」を300本寄贈しました。のちに、蘭の香りで包まれたこの道は「市村ロード」と名付けられ米国有数のリゾート地マイアミに東洋情緒を添えるものとして人気となりました。

その後、マイアミ市議会は市村の厚意をうけてこの場所に日本庭園を造築する方針を決定しました。市村も日本建築の粋をあつめた東屋や茶室、築山を寄贈し、この一角は「イチムラ・パーク」と呼ばれるようになりました。しかし、たびたびのハリケーンの襲来等で当所から現在のワトソン島内に移り、名称も「イチムラ・ガーデン」に変わりました。ガーデン内ではさまざまなイベントが行われるなど地元の人たちのオアシスとして愛されています。日本から遥か1万2千キロのマイアミの地にある日米親善の架け橋となったイチムラ・ガーデン。マイアミを旅された折には、訪れてみてはいかがでしょうか。

画像2:マイアミ市会議長から名誉市民のキーを受ける

マイアミ市議会議長から名誉市民のキーを受ける

画像3:イチムラ・パーク全景

イチムラ・パーク全景