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今月の市村清

“今月の市村清”―2017年11月編―

祝!明治記念館、開館70周年!!
市村発案の結婚式場、1947(昭和22)年11月のオープンからわずか2カ月間で295組もの挙式が行われる

画像:15000坪の純日本式庭園に囲まれた、開館当時の明治記念館全景

15000坪の純日本式庭園に囲まれた、開館当時の明治記念館全景

東京・明治神宮外苑の一角に誕生した明治記念館が、市村清のアイデアによるものであることはご存知でしょうか。

1947(昭和22)年11月1日午前11時。明治記念館の開館式は三笠宮妃殿下のご臨席を仰いで、神宮外苑の同館で挙行されました。

式には元宮様方、政界、官界、実業界等の名士150余名が列席。続けて開館披露宴も行われ、盛会裏にて散会となりました。

……この年の夏、明治神宮崇敬(すうけい)会代表の吉田茂という人物が、明治神宮の再建に力を貸してほしいと市村を訪ねてきました。戦後、国家の保護から見放され参拝者も絶無となって、どこの神社も見る影もなく荒み果てていました。明治神宮も例外でなく、建物は憲法記念館一棟を残してすべて焼失し、奉職者は生活の見通しさえ立たない有り様でした。

―― はて、どうしたものだろう?

市村は一人、車で憲法記念館を見に出かけ、途方に暮れていましたが、ふとある考えが脳裏にひらめきました。

―― 結婚式場・明治記念館

うむ、これだ!と市村は自分の着眼に確信をおぼえたのです。

『戦争で亡くなった男子の数は何百万人にものぼっている。女子は若いまま未亡人になったり婚期を遅らせたりした者が無数にいる。疎開先から帰ってくる人、外地から引き揚げてくる復員軍人や引揚者などもおびただしい数だろう。これらの人が落ち着いたとき、結婚に直面する場面が急増することは間違いない。それなのに荒廃した東京には結婚式場などはまだどこにもない。もしここに大衆的な結婚式場を開き、結婚相談から挙式・披露のいっさいを斡旋したらどんなに喜ばれるだろう。それはまた敗戦の傷跡をいやす明るい話題ともなるのではないか…』

市村のアイデアは当初、重役会で大反対されました。しかし市村は、この仕事こそかねて天下に表明している三愛精神に一致するものだという強い決意を変えることなく、結局、明治神宮に奉納するつもりで、損失が出ても市村個人の責任でやってみるということで重役会の賛同を得ました。

その後、契約・着工から1カ月足らずで11月1日の開館式を迎え、結婚式場・明治記念館は世間の注目を浴びるなか誕生したのです。開業前からおこなっていた宣伝効果も相まって予想以上の申し込みが寄せられ、開館からわずか2カ月で295組もの挙式が執り行われました。

(しかし市村は、明治記念館が繁栄の一途をたどりはじめたころ、あっさりこの事業から手を引いています。)

こうして明治記念館の事業は7年後の1954(昭和29)年には年間挙式数3000組を超えるまでに成長し、現在まで多くのお客さまに愛されてきました。

開館から70年。戦後の荒れ果てた明治神宮が市村のひらめきによって生まれ変わり、夫婦の契りを結んだカップルの総数は20万組を超えました。

一生に一度の思い出となる結婚式を、明治記念館で挙げてみてはいかがでしょうか…。

画像:1947年11月、社員一同による記念撮影(前列中央に市村夫妻)

1947年11月、社員一同による記念撮影
(前列中央に市村夫妻)