今月の市村清

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“今月の市村清”―2021年7月編―

非日常を満喫

—夫妻共通の趣味だった『能』—

夏は野外イベントが多くなります。スポーツやコンサートだけでなく日本古来の「能」にも、夏の風物詩として薪能があります。実は、市村清と幸恵夫人の共通の趣味が能であったことはご存じでしょうか?能は幸恵夫人が先に夢中になり5大流派の1つ、宝生流に師事し、好きが高じてついには馬込の自宅に稽古場を兼ねた総檜の能舞台を設えたほどです。幸恵夫人は能装束に身を包み、時間を見つけては稽古に励み腕を磨きました。こうした幸恵夫人の姿に感化され市村も自然と謡曲に励むようになりました。謡曲は市村の向上心を刺激し忙しくても稽古に励むことで非日常に身を置き、精神統一とリフレッシュを兼ねていたのかもしれません。幸恵夫人にとって自宅での稽古は、多忙な市村と一緒に過ごすことのできるもっとも幸せな時間でした。市村の節に合わせて舞う幸恵夫人の能。夫婦のかたちそのままに阿吽の呼吸で誘う姿は仲睦まじいものでした。
夫妻は、理研光学工業(現リコー)の本社本館ホールの落成式で、その腕前を披露したほどです。幸恵夫人が舞い、市村は傍らで謡曲を披露。この慶事を祝う舞いは夫妻にとって生涯忘れられない思い出となったことでしょう。
50代に入った市村は20を超える会社の代表を務め激務が続きましたが、そんなときでも自宅や出張先のホテル、あるいは移動中の車内でも謡曲の稽古に励みました。市村が世を去って1年。市村を偲んで発行された「追悼集」には、師匠であった宝生流の辰巳孝理事が「一貫して感じられるのは、正直さと人に対してのやさしさに感銘し、これが本当の大実業家というものであろうかと心中ひそかに敬慕の情を禁じ得なかったものです。市村さんのお謡ぶりは一口に言って明朗闊達。御性格のとおり技巧を用いず、而も曲というものを確実に掴んで居られるのには敬服しました。」と寄せられました。師匠曰く、二人が演じる能楽は生活の美しい場面が度々感じられ感動を受けたそうです。
仕事に対して純粋で一途な心そのままに情熱を持って動く市村でしたが、謡曲もまったく同じ。奇をてらうことなく、真摯に精進し曲を解釈したのだと思います。思い出が詰まった自宅の能舞台は、夫妻亡き後、取り壊されてしまい現存していません。しかし、市村財団となった市村邸の庭には今でも、枝ぶりも美しく手入れの行き届いた立派な松の木が息づいています。それはまるで能舞台を思わせる素晴らしい老松。能を好んだ夫妻の残り香が漂う松の木が今世を見守っているかのようです。

画像:理研光学工業 本社落成 ホール舞台披らき演目「猩々」幸恵夫人と(1958年4月)
理研光学工業 本社落成 ホール舞台披らき演目「猩々」幸恵夫人と(1958年4月)
今日のひとこと
〜市村清の訓え〜


今日のひとこと 〜市村清の訓え〜