今月の市村清
Monthly
“今月の市村清”―2022年6月編―
儲かり過ぎるから値下げします
~このままでは申し訳がない~
6月。今年も梅雨の時期を迎えジメジメとした空気が重たく感じられる季節となりました。こんな時には、痛快な話で、陰鬱な気分を吹き飛ばしたいものです。
今月のタイトル「儲かり過ぎるから値下げします」はまさに、市村清らしい痛快なエピソードです。
理研陽画感光紙の九州総代理店の権利を獲得した市村は、来る日も来る日も懸命に努力を重ね、九州では最大の顧客と目された長崎の三菱造船所にも陽画感光紙を納めるようになっていました。
三菱造船所とは最初、陽画感光紙を月5万枚納入する契約が、間もなく満州事変の勃発により需要が急増し月に30万枚を超える受注に膨れ上がりました。納品時は、実験所の特殊用途のために感光紙を油紙で包みさらに1千枚ずつブリキ缶に厳封して納めるという条件でしたが、途中からその工程が不要となり、さらに工夫をした結果裁断作業によって発生する無駄をほとんど出さずに納品できるようになりました。すべての条件が良い方に転じた結果、想定以上の利益を生み、当初は1割から1割5分の利益予想であったものが、6割くらいの利益に跳ね上がったのです。
ここからが市村の真骨頂。このままでは三菱に申し訳ないと契約時に大変世話になった三菱造船所の購買責任の佐々木氏に酒をぶら下げて相談に行きました。儲かり過ぎていること、単価を下げざるを得ないことを丁寧に説明すると、佐々木氏は「構わん!黙って今まで通り納めていればよい」というのです。
市村は、“そう言われても後からコミッションを要求されるかもしれない”と思い悩み妻の助言もあって、3割は儲けとしていただき、残る3割を佐々木氏名義で毎月貯金をすることにしたのです。
やがて、佐々木氏が訪ねて来た折に、通帳と印鑑を渡すと佐々木氏から「バカ!」と一喝されてしまいます。
「僕は三菱に入社して28年間、その間に手土産を下げて暮夜ひそかに門を叩き出入りする商人は数が知れなかった。しかしだ。儲かり過ぎて困るからと酒を下げてきたのは、後にも先にも君ただ一人だ。本当にあの晩は愉快だった。最初は、この男、本気かな?・・・と思って目の光を見るとあくまで本気と言う目をしている。翌日、会社で君のことを他の幹部連中に大いに自慢したんだ。こんな変わった男なら、大三菱ともあるものが少々儲けさせてもよいではないかと言ったら、みんなも愉快になって、賛成、賛成と手を叩いてくれたのだ。」と本音を聞かされるのです。市村は、誤解をしたことを平謝りに謝り、その日は夜の更けるのも忘れて盃を酌み交わしたのでした。
不器用なまでに愚直で誠実な顧客本位の考え方とその行動は、揺らぎない信頼を獲得するには十分なものであり、市村が裸一貫から成功を収めて行く過程で重要な基盤を成しているものといえましょう。